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【読書】『世界の辺境とハードボイルド室町時代』

変わったタイトルの本を読みました。

その名も『世界の辺境とハードボイルド室町時代

世界の辺境とハードボイルド室町時代

あれ?これって元ネタは『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』?

…完全にタイトル買いでした(笑)内容的に村上春樹の小説とは関係ありませんでしたが、すごく面白かったです。

 

アジア・アフリカといった辺境地帯を取材するノンフィクション作家・高野秀行さんと、明治大学で日本中世史を専攻する研究者・清水克行さんの対談本。

テーマは、「現代ソマリランドと日本の室町時代、かぶりすぎ!」。現代のソマリランド(旧ソマリア。アフリカ大陸の東の方)と日本の室町時代の文化・習慣・人々の価値観などについて、類似点を上げながら対談が進んでいきます。

 

言葉は世界認識の表れ

個人的に面白かったのは、言語についての話。

少し長いですが、引用しましょう。

 

清水 日本語に「サキ」と「アト」という言葉があるでしょう。これらはもともと空間概念を説明する言葉で、「前」のことを「サキ」、「後ろ」のことを「アト」と言ったんですが、時間概念を説明する言葉として使う場合、「過去」のことを「サキ」、「未来」のことを「アト」と言ったりしますよね。「先日」とか「後回し」という言葉がそうです。でもその逆に「未来」のことを「サキ」、「過去」のことを「アト」という場合もありますよね。「先々のことを考えて…」とか、「後をたどる」なんて、そうです。「サキ」と「アト」という言葉には、ともに未来と過去を指す正反対の意味があるんです。ところが、そもそも中世までの日本語は「アト」には「未来」の意味しかなくて、「サキ」には「過去」の意味しかなかったようなんです。

現代人に「未来の方向を指してみてください」と言うと、たいていは「前」を指さしますよね。でも、そもそも古代や中世の人たちは違ったんです。未来は「アト」であり、「後ろ」、背中側だったんです。

(中略)

つまり、中世までの人たちは、背中から後ろ向きに未来に突っ込んでいく、未来に向かって後ろ向きのジェットコースターに乗って進んでいくような感覚で生きていたんじゃないかと思います。

(中略)

ところが、日本では一六世紀になると、「サキ」という言葉に「未来」、「アト」という言葉に「過去」の意味が加わるそうです。それは、その時代に、人々が未来は制御可能なものだという自信を得て、「未来は目の前に広がっている」という、今の僕たちがもっているのと同じ認識をもつようになったからだと考えられるんです。

 

 

面白いでしょ。面白くないですか?(笑)

「サキ」という言葉は、「老い先短い」などと言うときは「未来」を、「口より先に手が出る」などというときは「過去」を指しています。なるほど確かに。でも、言われるまで意味が2つあることに気づかなかった…。よく使う言葉なのに!言語感覚は鋭い方だと自負しているのに!

たぶんわたしに限らず、日頃2つの用法を意識して使っている人は少ないのではないでしょうか。言われれば「そういえば…」って思うんですけどね。

 

言葉には、その言葉を使っていた時代・地域の人々の感覚や思考、認識が反映されている―…というのは、実感として、よく分かります。言葉はわたしたちの世界認識の表れ。今わたしたちが使っている日本語も、一つ一つ丁寧に見てみれば、古代・中世の頃から残っている用法もあれば、近代以降使われるようになった用法もある。

奥深いですねぇ。

いや、大学時代まではこういう話が大好きだったはずなのに、社会に出て、渡世の苦労で(笑)すっかりこういう世界があることを忘れていた、という…。だからこの本は、楽しく読ませていただきました。

 

「今・ここ」がすべてじゃない

タイの雨期に出家者が増える話も面白かったです。

 

高野 タイは人口六千数百万人ですけど、雨安居(うあんご)には五十万から六十万人は出家するらしいですよ。国王が八十歳になった年は、「目指せ、出家八十万人」って運動をやってました。

清水 誰が呼びかけるんですか。

高野 仏教界が。

清水 はあ、なるほど。そんな数のお坊さんがいて、出家している彼らを経済的に支えるものは何なんですか。

高野 寄進ですよ、信者からの。

 

ちなみに上座部仏教の国では、男子は一生に一度出家すべしといわれていて、短期留学のように一時期だけ出家して、すぐ還俗するというのも認められているとのこと。国によっては、有給で「出家休暇」的なものが取れる国も…。ちょっと日本では考えられない。

わたしたちは、つい自分たちの生きている現代日本の価値観がすべてだと考えがちです。それどころか、サラリーマンやってると、新卒で入社した会社の価値観がすべて!みたいになりがちです。少なくともわたしは、そうなりかけてます。

それって、一種居心地がよいようでもあるんですが、ちょっと苦しい部分もありますよね。すごく自分を痛めつける・首を絞めるような考え方を、理想として内面化しないといけないような感じのときもあって。わたしは今ちょうどそんな感じのときなので、この本を読んで、かなり心が軽くなりました。

 

今ここがすべてではない。今の会社の価値観、今の上司の価値観がすべてではない。

自分を痛めつけ、自分の首を絞めて苦しめるような考え方を、わざわざ内面化する必要はない。それは「ストイック」ではなく「思考停止」にすぎない。

と、教えてくれる本でした。

(無意識にそういう本を選んで読んでいるのかもしれませんが)

 

そもそも対談本って面白いですよね。すごーく濃い内容を、一般人向けに料理してくれるような本が多い印象です。

 ぜひ読んでみてください。

 

世界の辺境とハードボイルド室町時代

世界の辺境とハードボイルド室町時代

 

 

はねゆきでした。